東京地方裁判所 昭和27年(ワ)556号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
(事実)原告は、本件土地はもと訴外合資会社下高井戸駅前市場(代表者川村ちよ)の所有であつたが、昭和二十六年十月二十五日一致会員(筆者註 原告組合員が法人組織する以前の会名)小山佐太郞外二名が買受け、更に二七年一月二十二日原告において右小山等から讓受け即日登記手続を了した。被告等は正権原なきに拘わず、本件地上に建物を所有しその敷地を不法占有しているので所有権に基き明渡を求める。
被告等は原告の所有権の行使は権利の濫用として許されないと抗弁した。その論拠とするところはつぎのとおりである。即ち原告会員と被告等は永年同一場所で同種商人として交りつた間柄であるに拘らず、被告等が既に土地所有者に手金を交付して売買契約を締結してあつたのを値増をして強引に買取り、多数の被告等が生計を樹てている建物であることを熟知し乍ら、建物が未登記なのに乗じて明渡を求めたもので正当な権利行使の範囲を逸脱したものである。
(判斷)原告敗訴。判決は被告の権利濫用の抗弁を採用しつぎのように説明している。曰く。
「……の証拠によれば、以下の事実即ち、……訴外鈴木淸治は昭和二十一年七月頃本件土地を所有者川村から賃料一カ月金五百円で賃借し、地上にマーケツト四棟を建築し、一致会員が各三坪の店舖を賃借し、開店した。その頃被告等は鈴木が本件土地南側駅前公道寄り空地部分に別に設けた建坪各一坪程の「よしず張」露店に五千円乃至六千円の権利金を支払つて入り、共和会(非法人)を結成し、その後各自が「よしず張」露店を遂次床店に改築し一致会と隣接し営業を営んでた。その後鈴木はマーケツト式店舖を各出店者に売却し、登記手続も経由したが、鈴木は借地権を保留していたところ、露店の取締が厳重になつたので昭和二十四年八月三十一日借地権を川村に返還した。その際鈴木は一致会側はマーケツトでありその会員の一人である小山と川村は眤懇の間柄故地主も土地の賃貸を承諾するであろうが、共和会側に対しては難色があると考え、川村と交渉した結果被告等は改めて川村から各床店の敷地の使用承諾を受け、爾後川村に対し坪当一日五円宛地代を納入してた。これに反し、一致会側に対しては川村は小山が違約したといつて賃貸を拒み、これに対抗して一致会側では賃料を供託する等紛争を生じ、……中略……川村は鈴木を恐喝で告訴するに及び鈴木は問題解決のため本件土地を一致会又は共和会のいずれかに買取らせることを策し、双方に土地の買収方を勧誘したところ、先ず一致会から買受の申出があつたが未だ売買価格定らないうち、共和会より更に売買を申込み、一致会に売れば立退問題が起り、裁判沙汰になるが共和会が買えば立退を要求しないから是非売つてくれと懇請し、昭和二十六年十月十七日被告等は川村ちよとの間に代金百二十七万円で本件土地の売買契約を締結し、同日手付金五十万円を交付し、残金は同月末日登記と同時に支払うことを約定し、特に契約書中不動産表示欄に「現型の儘」の文言を附記し、土地上の既存物件の保有する趣旨の申合をした。一致会側は鈴木からこの事情を聞知し翌十八日川村に対し手附倍返しは一致会が負担し、代金百三十二万円で買受けるから一致会に売つて貰い度いと申出で、川村の承諾をえ被告等との間の売買契約を解約させた上、同月二十五日小山佐太郞外二人と川村との間に売買契約を締結させたが、その際被告等の所有店舖が未登記であることを熟知し乍ら現状不変更を留保することなく、本件土地の所有権を取得した。被告はいずれもその生計の大半を本件地上の所有店舖による収益に依存しなければならない実情にあることが認められる。
以上の事実によれば、一致会員の出店者が鈴木から賃借中の店舖買受と同時に同人の借地権をも共に讓受けたというのは原告の独断である。駅前公道寄空地によしず張の露店を設けたのは借地権者鈴木であつて被告等が無権原に設けたのではない。しかも昭和二十四年八月三十一日以降は被告等は各店舖敷地の借地権者である。しかるに原告側一致会員等の借地権については地主川村と係争中であつのたである。被告側が本件土地の買受方を申入れたのは、鈴木の勧誘によるもので、当時一致会側との売買契約は未だ成立していなかつたのであるが、一致会側は既に被告等と地主川村との売買契約成立後、これを解約させてまで本件土地を買取つたのである。しかも一致会即ち原告側は土地購入に当り、従多数の被告が生計を樹てている建物であることを熟知し且該建物が未登記であることを奇貨として被告等の法律上の不備に乗じ、その収去を求めることを画策したのである。本件店舖区域が衛生上乃至火災予防上特段の措置を要するとしてもなおそのためには被告等の退去を求めるのが唯一の解決策であるとは考えられない。原告組合員と被告等は永年同一場所に隣接して営業する間柄であつて、被告等は僅か一坪ながらもその店舖によつて生活の安定をえているのであり、この店舖を収去せしむることは、多数被告等が永年培つた経済的基盤を奪うこととなり、これにより蒙る精神的、経済的損失は原告の右店舖敷地利用の必要性に比し、計り難いものがあるといわねばならない。
以上の事情の下において、「原告が本件土地の所有権を取得したからとて、直に被告等に対しその明渡を求めるが如きは正当な権利行使の範囲を逸脱したもので、健全なる社会通念に照し到底容認し得ないところである。正しく権利の濫用として排斥されねばならない。」と。